大判例

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名古屋高等裁判所 昭和39年(行コ)11号 判決 1965年2月15日

控訴人(原告) 鈴木てい 相続財産管理人 大場民男

被控訴人(被告) 国

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の当審での新請求を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人に対し、名古屋市中区横三ツ蔵町一丁目三番地鈴木てい宛郵便物を転送する義務のあることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求める旨尚当審において請求の趣旨を変更して、右請求の認められない場合の第一次予備的請求として、「被控訴人は、控訴人に対し、名古屋中税務署および名古屋市中区役所が、鈴木てい宛に発送した郵便物ならびに口頭弁論終結時までに被控訴人が送達の引受をなした鈴木てい宛郵便物を控訴人に対し転送の義務のあることを確認する。」との判決を、第二次的予備的請求として、「被控訴人は、控訴人に対し、名古屋竪杉ノ町郵便局が昭和四〇年一月一三日引受番号九四七番で以つて引受けた差出人福永滋、受取人鈴木ていなる郵便物を転送する義務のあることを確認する。」との判決を求める旨申立て、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。当審における予備的請求を棄却(却下)する。控訴費用は全部控訴人の負担とする。」との判決を求める旨申立てた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用および書証の認否は、左記のほか原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

(控訴人の陳述)

一、控訴人は、被控訴人が送達を引受け保管中の鈴木てい宛郵便物および将来鈴木てい宛に送達を引受けるべき郵便物の双方について、控訴人に転送すべき義務あることの確認を求めるものであつて、被控訴人が送達を引受けた後の郵便物の転送のみを問題としているのではない。

二、郵便業務は、大量の郵便物を迅速、簡易、且つ定型的に送達するものであるから、鈴木てい宛郵便物とさえいえば、請求の趣旨として十分特定するものと考える。

三、名古屋中税務署は国税(所得税)の課税決定を、名古屋市中区役所は固定資産税の通知書を鈴木てい宛差出しても控訴人に転送されず返戻されるため困惑しており、控訴人としても相続財産管理人としての職務の遂行が著るしく困難となつている。よつて、本位的請求が容れられない場合を考えて、第一次的予備的請求の申立をする。

四、更に以上の請求が容れられないとしても、名古屋竪杉ノ町郵便局は、昭和四〇年一月一三日引受番号九四七番で以つて、差出人福永滋、受取人鈴木ていなる郵便物を引受けたから、右郵便物を控訴人に転送する義務のあることの確認を求めるため第二次予備的請求の申立をする。

(被控訴代理人の陳述)

一、当審における控訴人の第一次予備的請求によるも、請求の趣旨は何ら特定されていないと考える。

二、控訴人主張の差出人福永滋、受取人鈴木ていなる郵便物を名古屋竪杉ノ町郵便局が引受けたことは認めるが、被控訴人に右郵便物を控訴人に対し転送すべき義務のあることは争う。

(新立証)<省略>

理由

一、本位的請求のうち将来被控訴人において送達を引受けるべき鈴木てい宛郵便物を控訴人に転送すべき義務あることの確認を求める部分については、原判決の説示するところと同じ理由によつて理由がないものと認められるから、原判決の理由記載を引用する。

二、本位的請求のうち被控訴人において送達を引受け保管中の鈴木てい宛郵便物を控訴人に転送すべき義務の確認を求める部分および当審においてなした予備的請求(第一次、第二次)について考えるに、以下述べる理由によりいずれも失当として棄却すべきものと認められる。

(一)  控訴人の右請求はいずれも現在において被控訴人に転送義務あることの確認を求める趣旨であること明らかであるから請求の趣旨が必ずしも特定していないということはできない。

(二)  しかし、郵便の利用関係は差出人と国(郵政省)との間になされた契約に基づくものと解されるところ、これが義務の履行としてなされる配達は、大量且つ迅速、定型的になされなければならない性質からいつても、又通信の秘密保持の必要からいつても、差出人が申出た名宛人に対してのみなさるべきであり、郵便法上受取人というのも右の名宛人を指称するものというべきである。それゆえ、郵便物の配達当時、名宛人がすでに死亡していて配達できないような場合には、通信の秘密保持の見地からも又義務の履行(右の場合は履行不能に帰したものと解される)の観点からいつても、郵便官署はこれを差出人に還付すべきものと解される。

(三)  これを本件についてみるに、控訴人が亡鈴木ていの相続財産管理人に選任されこれが公告のあつたこと、控訴人主張の差出人福永滋、受取人鈴木ていなる郵便物の送達の引受がなされたことは当事者間に争いがないが、叙上の見地からして被控訴人においてこれを差出人に還付すべきものである。

(四)  控訴人は、郵便法第四四条第一項を根拠として控訴人に転送すべきであると主張するけれども、同法条は受取人が現に他に生存していることを前提とすることはその規定の文言上明らかであり、又受取人というのは前述のとおり差出人の申出た名宛人自体を指すものと解すべきであるから、控訴人の主張は理由がない。

以上の次第で、原判決は結局相当で本件控訴は理由がないからこれを棄却すべく、当審における新請求は失当として棄却すべきものとし、民事訴訟法第九五条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 成田薫 神谷敏夫 丸山武夫)

原審判決の主文、事実および理由

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、被告は原告に対し名古屋市中区横三ツ蔵町一丁目三番地鈴木てい宛郵便物を転送する義務のあることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として、名古屋市中区横三ツ蔵町一丁目三番地鈴木ていは昭和三八年一〇月一一日死亡し、原告が昭和三九年二月一二日その相続財産管理人に選任せられ、同月一八日官報第一一、一五一号に公告された。よつて原告は同月二〇日付書面を以つて右鈴木ていの住所地の配達を管轄する名古屋中央郵便局長に対し鈴木てい宛の郵便物を原告に転送するよう依頼したところ、同局長はこれを拒絶した。しかし国(郵政省)は、郵便物受取人が住所または居所を変更した場合において、新たな住所または居所が判明しているときは、郵便物をその新たな住所または居所に転送しなければならない義務があるものであるが、受取人が死亡し、相続人が不明であるため相続財産管理人が選任された場合には、相続財産法人の代表者である相続財産管理人が右受取人に該当するものであるから、被告は右鈴木てい宛の郵便物を原告に転送すべき義務がある。よつて被告は右鈴木てい宛の郵便物を原告に転送すべき義務があることの確認を求めるため本訴に及んだ。なお右義務の確認は、現在被告の手許に保管中の郵便物につきその転送義務があることの確認を求めるものではなく、将来鈴木ていに配達せらるべき不特定の郵便物につき、これを原告に転送すべき義務があることの確認を求める趣旨である。また本訴は、国とその経営する郵便事業を利用する者との間に存在する私法上の権利の確認を求めるものであるから、通常の民事訴訟事件であつて、行政事件訴訟ではない。と述べた。

被告指定代理人は、本案前の主張として、原告の訴を却下する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、その理由として、原告は本訴において、現在の権利又は法律関係についての確認を求めているものではないから、原告の請求には確認の利益がない。更に原告の請求は、転送すべき物が不特定であり且つ如何なる権利に基づく転送義務の確認か明らかでないから、請求の趣旨が特定しない。よつて本訴は不適法である、と述べ、

本案につき、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として、原告主張事実中、訴外鈴木ていが死亡した事実は不知、原告が鈴木ていの相続財産管理人に選任せられその旨の公告があつたこと、並びに原告から鈴木てい宛の郵便物につき転送の申出があり名古屋中央郵便局長がこれを拒絶したことは認める。被告に原告主張の郵便物転送義務があることは争う。郵便物に関する権利関係は郵便官署と郵便物差出人との契約によつてその当事者間に生ずるものであつて、第三者たる受取人は郵便物が配達されるまでは何ら権利を有するものではなく、また郵便法上相続財産管理人に被相続人宛の郵便物を配達すべき根拠はない、と述べた。

理由

原告の本訴請求は、被告が、将来郵便官署において送達を引受けるべき鈴木てい宛の不特定の郵便物を原告に配達すべき義務があることの確認を求めるものであるが、原告が被告に対して鈴木てい宛の郵便物の引渡を請求する権利があるか否かは暫くおき、仮りにそのような権利があるとしても、それは郵便官署が右郵便物の送達を引受けた後に発生するものであつて、それ以前には、原告は国に対して何等権利を有するものではない。従つて原告が郵便官署が未だ送達を引受けていない将来の不特定の郵便物に対し、その引渡を請求する権利があることの確認を求める本訴請求は失当である。原告の本訴請求は、実は権利確認の請求ではなく、郵便物の受取人は国に対して国が送達を引受けた郵便物の引渡を請求する権利があり、そして被相続人宛の郵便物については、相続財産管理人がその受取人に該当するという原告の法律上の見解が正当であることの認定を求めることに外ならない。そしてかかる請求が現行法上確認訴訟の対象とならないことは明らかである。

よつて原告の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきものとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(昭和三九年九月二六日名古屋地方裁判所判決)

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